第一話 : 大草原の二人 ・ シーン14

 あらためて述べる必要がないが、ご覧の通り、美紀は酒が好きで結構『のんだくれ』である。紗央梨も酒は嫌いではなく飲める方だが、たしなむ程度。

 だが、この旅の第一泊目のときで、美紀の酒飲みで痛い目に遭っている。第一泊目宿泊地は、ロッキー山脈内にある観光の町バンフ。彼女らが夕方バンフに到着するいやな、美紀は町でお酒をいっぱい買いこみをし、部屋の中へもちこんだのである。紗央梨も、彼女につられて飲んでいたのだが、運転の疲れもあってか、すぐに酔っぱらいになって自省が効かなくなったのである。いつの間にか買い込んだ沢山の酒も二人で飲み干して寝込んでいたのであるが、翌朝紗央梨は二日酔いとなり、運転できない状態となってしまったのである。だが、美紀はけろっとして、元気だった。すぐに出発予定だったのが、紗央梨の状況もあり、結局もう一泊することになってしまった。

 その夜も、美紀は酒を買い込む。紗央梨は、前日の戒めもあり、ほとんど酒を飲まずに過ごした。買い込んだ酒も、美紀がほとんど飲み尽くしていた。翌朝、もちろん紗央梨は二日酔いもなく快調であった。だが、美紀が元気なのにかかわらず、むちゃくちゃ酒臭かったのである。いっしょにホテルをチェックアウトをして、狭いミアータに乗り込むと、中はアルコール臭さが充満してしまった。紗央梨は、飲んでもないのに飲酒運転しているような気分となってしまいそうになった。

 それ以降、紗央梨は旅の間は酒を飲まないことを決め、美紀にはワイン一本分くらいまでと制限をしたのである。

——ま、その本数制限も美紀が守った試しもないのだが……。ただ、それ以降から美紀は翌朝まで酒臭差を残すことはなかった。どういう技を使っているのかわからないが、のんべぇなりに、美紀は紗央梨に気を遣っていた。

 二人がスーパーマーケット入口店内側でぼんやりと過ごしていると、ジェーンたちが戻ってきた。ここでの買い物がすべて終わらせたようで、ショッピングカートの中には山盛りの様々な食材が載せられていた。キーラは、そのショッピングカートのちゃいるどしーとにちょこんと座っていた。

「Thank you for waiting for us. (まってくれてありがとうね。) You guys got tired.(疲れたでしょ。)」

 ジェーンが二人に声をかけると、紗央梨「ノー・プロブレム(大丈夫ですよ)」と返すが、言い終わる前に、

「キーラちゃん! かわいい! いいこしていましたか-?」

 美紀が目をきらきらさせながら、このショッピングカートに寄ってきた。もちろん、英語であるはずがない。

「ショッピングカートに乗った姿も無茶素敵! なんて、きれいな髪なんだろう。 柔らかいし、濁りがない明るいし、いいなぁ……。ぜったい、キーラちゃん美人になるよ!」

 美紀は、キーラのプラチナブランドの髪を弄りながら、その小さな頭を撫でていた。ジェーンは、その様子を何事もないようににこにこほほえみながら眺めていた。美紀のボディランゲージ力の高さのおかげだろう。だが、キーラはあまりわかっていなそうだった。髪を触られていやがるそぶりも見せないが、日本語のお世辞を別に喜ぶそぶりも見せていない。彼女は、ただ、珍しいものを見るような目で美紀を見つめていた。

 彼女らは、ショッピングカードを囲むように、屋外の駐車場に出て行き、中央に駐められていた赤いピックアップトラックにそばまでやってきた。トニーの修理工場から、ここCo-opスーパーまでは、このジェーンの赤いピックアップトラックに乗せられてきたのである。

 ジェーンのピックアップトラックは、GMCシエラシリーズで、ダブルキャブスタイルで四枚ドアが設けられており、大人五人が余裕で乗車できるようになっている。フロントノーズも、強力なエンジンを積んでいるためか、かなり厚みがあり、マッスル的なシェイプを形成している。フロントグリルも、大きく厳つい。このピックアップトラックをどう猛な野牛とたとえれば、紗央梨の『ミアータ』のフロントフェイスは、本当にカエル程度のかわいさに思えてくる。ただ、ボディが赤いところが、このオーナーが女性であることを申し訳ない程度に表現しているのかもしれない。

 ジェーンは、後部座席右のドアをまず開け、キーラをカートのチャイルドシートから、後部座席に設置されているチャイルドシートに、両手で持ち上げて移動させた。ちゃんとシートベルトを締め、しっかりと締めていることを確認すると優しくドアを閉めた。

「私、キーラちゃんの隣ね!」

 美紀が声も張り上げ、右手も大きくあげた。

「そうじゃね、十二歳未満は後部座席に座らんとね」

「ひどーい、きったかさん! 私の背は小学生並みかもしれないけど、胸はきったかさん以上だよ! 経験豊富なお姉さんよ!」

 美紀は自分の胸を持ち上げて、みせる。たしかに、紗央梨はその谷間を再現することはできない。

「でも、お酒を買うたびに、パスポート提示しとるじゃん」

 カナダでは未成年にお酒を売ることを禁じているので、未成年に見られる場合は必ず身分証(ID)の提示を要求される。日本人を含む東アジア系の二十代、平均のカナディアンと比べ一回り若くみられる。日本から来る二十代の男女はほぼ間違いなく、ID提示を要求されることが多い。かという、紗央梨もお酒を買う三、四回に一度はIDを要求されている。ただ、美紀は、百パーセントの確率で、未成年と勘ぐられ、パスポートを提示している。

「きったかさん、旅しはじめてから、私への言葉に苦みが増してきていない?」

「そう? うちは昔からこうじゃけど」

 紗央梨はとぼけた感じで言う。

「いや、一緒に住み始めた頃は全く嫌味など言いそうもない、優しいおねーさんだったよ、きったかさん!」

――あなたは、出会ったときはもっと色気のあるおねーさまでした。

 紗央梨の脳裏に、最初の出会いである四ヶ月前の飛行機の中での美紀を思い出した。その時は、高級そうな毛皮のコート、高級ハンドバッグ、高いヒールを身につけた、厚化粧な顔であった。この時、同い年かそれ以上と勘違いしたほどであったのだ。今は、ショートパンツにタンクトップ、サンダルに超ラフな姿。大きめの胸をもつむちむちボディと薄化粧がなければ、夏休み田舎へ遊びに来た小学生と変わらない。

「いいじゃん。かわいいキーラちゃんの隣なんじゃし」

「そう、キーラちゃんは譲らないよ!きったかさん!」

 美紀が威勢よくなる。行動も、小学生っぽくなっている。

「そんなにえばらんでも。そもそも、あんたのじゃないって」

 どちらにしろ、ここまで来るときも、このピックアップトラックの中では、美紀が後部座席左で、紗央梨が助手席だった。運転の経験が多く、背の高い紗央梨が助手席っていうのが、至極妥当なところだろう。

 そんな彼女たちのやりとりを無視するかのように、ジェーンはショッピングカートを後ろへ回した。トラック後部の荷台部分を蓋している黒いFRP(繊維強化プラスチック)の折りたたみのカバーを開け、後あおり(テールゲートドア)を下ろす。荷台の様子が、美紀の身長からでも望めるように露わになる。正直、あまりきれいではない。荷台床も黒いFRPで覆われており、土埃、乾いた泥の跡、藁のようなものがぱらぱらとまんべんなく転がっている。車体全体付着してい泥汚れ、ジェーンの着ている作業着の様子から、間違いなくなにかの土木作業的な仕事に使われていたのは、美紀の目から明白であった。

「うわぁー、ここに置くの?」

 美紀は、おそるおそる紗央梨に訊く。ショッピングカートに載せられてる購入物のほとんどが、食料品であるからである。

「Yeah(えぇ)」

 ジェーンが、紗央梨が答える前に答える。紗央梨は、苦笑いをする。カートのそばにいる美紀にちょっとそこカートをはならしてとお願いすると、美紀は、返事を返すまもなく、一メートルほどカートを荷台から離した。ジェーンは、運転席より厚手の作業用革手袋をとりだし、手につけながら、荷台後方に何もないことを確認すると、大きく腕を伸ばして、荷台に載っていた乾いた泥、土埃と藁などをつぎつぎと掃き落としていった。

「豪快だな……。さすがカナディアン」

 美紀は感心をしていた。紗央梨はまた苦笑いをする。

――カナダだけじゃないんだけどね。

 紗央梨にとっては、地元でもよく見かける光景なのだ。彼女の地元は、地方中核都市ではあるが、山間部エリアで、農家がまだ多い。軽トラックで近所のスーパーへ行き、荷台にこうやって載っけるのは日常的なのだ。紗央梨自身も実家の軽トラで近所のスーパーへショッピングに行ったときはよくやっていた。そのことから、紗央梨は、ジェーンが農家であることは、把握していたし、この駐車場に駐まっている車両の半分がピックアップトラックであることが、その周辺が農業で生業をしている人が多いことの現れであろうと認識していた。

——こっち(カナダ)では、何でもかんでもピックアップトラックじゃねー。日本の軽トラ感覚なんじゃろうな……。荷台は、軽トラより少し広めなくらいだが、エンジン排気量は、まちがないく五倍以上あるだろう。日本の軽トラックが超合理的なのか、カナダのピックアップトラックが無駄にでかいのか、どっちなのだろうかと、紗央梨の中に疑問が浮かんでいた。ただ、日本の軽トラックは乗用車としては使いにくいが、スクーター感覚で近所の用事を済ませることができるが、このピックアップトラックは荷台がついたSUVと思えば、日常の乗用車として使えるし、長距離ドライブもこなす、意外と活用できる場面が十分にある。

「ねぇねぇ、あれ大丈夫なのかな? まだ、泥がのかっていたような所に食料品を置くなって、ばっちぃよ」

 美紀が、苦いお茶を飲みこんだときのような顔を見せた。

「じゃぁ、美紀が代わりに荷台にのる?」

 紗央梨は後部座席に目を送った。排気量の大きなピックアップトラックとは言え、キャビンの中はほぼ乗車スペースで、荷物スペースがほとんどない。これだけの購入物を室内に入れようとしたら、助手席もしくは後部座席の半分をまるまる使うようになる。ジェーンは、普段はそこのどちらかにのっけっているのだろうが、今日はゲストが二人もいる。紗央梨と美紀。また、彼女らが泊まることもあって、購入物がいつもより増えていることもあり、無理に室内に押し込むよりも、荷台を使うのが懸命だろう。幸いなことに、雨などが降ることも考えら得れないくらい、空は晴れ上がっている。

 美紀は、紗央梨の無言の説明を察し、納得の意を示すかのように無言のままでいた。

 ジェーンは、手袋を脱ぎ、カンガルーポケットに押し込むと、彼女たちにカートをもってきてと伝える。紗央梨と美紀はカートを荷台後方に移動させると、ちょうどそのアスファルトの地面は、土埃や乾いた泥でかなり白っぽくなっていた。紗央梨は、ビニール袋に入っている購入物を次々とジェーンに手渡しする。ジェーンは、荷台のタイヤハウスの出っ張りと後あおりの間にスペースに順序よく並べていく。

 美紀は、カートのハンドルを手にしたまま立っていたが、姿勢を変えるときに、サンダルの下でポリポリと崩れるとがした。先ほど、ジェーンが落とした泥の小さな塊が、美紀のサンダルの下で崩れたのだ。足の位置を変えると、また同じように崩れる音がする。その感触が足の裏から、身体に響いてくる。

——何だろう、この小さな快感って……。ふふ……。

 美紀が面白がって、ステップを踏んでいると、カートが微妙に動いてくる。

——なにやっとんの?

 小刻みに動くカートと、にたにたしながらステップを踏んでいる美紀をみて、溜息をつき紗央梨。美紀が踏みつぶしている音は、微弱すぎて彼女自身にしかわからない。

 すべて載せ終えると、ジェーンは、ゆっくりと後あおり(テールゲート)を閉めると、

「So, you guys’re over 19, eh? We’re gonna drop by liquar store to buy some alchohle. Do you wanna something to drink? (あなたたち、もう十九歳超えているよね? 今から酒屋(リカーストア)に寄ってお酒を買うけど、なにか飲みたいものある?)」
 
 と紗央梨たちに訊いてきた。

「テキーラ!」

 美紀が考える間もなく、素早く元気よく答えた。紗央梨は、美紀の英語ヒアリング(リスニング)能力の高さは実は以上に高いではないのかと、疑問が浮かび始めた。

 この後、彼女らは、三ブロック西にある酒屋(リカーストア)によることになった。

紹介

カナダ・バンクーバー在住、クリエイティブな仕事を夢見ているおっさん。 Webクリエイター・カスタマイザーを目指つつ、小説も趣味で執筆。 最近は、カナダを舞台とした、20代〜30代の日本人をメインとしたコメディ青春群像劇を描いた小説を作成中。 おそらく、これが、初の公開型の小説を執筆となるので、まちがいなく文章表現の未熟さ、誤字脱字があります。執筆しながら、文章表現、物語構成の方法などの勉強も行い、過去の投稿も、精査を行い、加筆修正のアップデートしていきます。もちろん、できるだけ、完結に向けて続きも書き続けます。 個人ウェブサイト http://hisa.ca/zu にても公開中。